ぺーぶろ

神奈川県、横浜市で暮らす男の育児、日常、現実逃避。

【コーヒー】【エナジードリンク】に取って代わった私の朝のルーティンドリンク

こんばんは、ペーです。

仕事が落ち着いてきたので投稿します。

私はしがないサラリーマンですが、毎朝6時には家を出て、7時前に会社につき、夜は20~21時まで仕事をしてます。(したいわけではありませんが。)

毎朝眠い目を覚ますのに、コーヒーは欠かせませんでした。

とにかく身体がカフェインを欲しており、切れたらコーヒーやエナジードリンクを飲んでいました。

カフェインが切れると、とにかく眠くて体がだるい・・・

とても仕事にならないので、またコーヒーを飲むという悪循環でした。

家に帰るとストレス解消のためにお酒を飲むこともありました。

もちろん、こんな生活が健康的であるはずがありません。

 

これじゃあいけない!

もっとカフェインや栄養ドリンクにたよらず、健康的に元気になならないと!

・・・とはいうものの身体は疲れていて運動はしたくない。

 

そんな時にこれに出会いました。

永谷園さんの「1杯でしじみ70個分のちから」

きっかけは昼食で家から弁当を持って行ったときに箸を持ってくるのを忘れてしまい、割りばし欲しさにコンビニで味噌汁を買ったのがきっかけでした。

何気なく手に取って飲んでみると、その日の午後はいつもとなんだか違いました。

睡眠時間は短いので眠いは眠いのですが、身体が軽く感じ、足取りが重かった階段もすいすい登れました。一言でいえば、「若返った」感じでした。

 

これすごい!!

 

しじみはオルニチンという成分が含まれていて、肝臓の働きをサポートします。オルニチンを十分にとると、肝臓の働きが良くなり、アンモニアなどの体の毒素を体外に排出しやすくなるそうです。

 

しじみといえば某サプリメントでも有名ですよね。

 


しじみ健康食品

 

 

これ以来、スーパーで売ってればシジミ汁の元を買いあさり、毎朝一杯のんで会社に行くようにしました。この習慣にしてから身体が本当に軽くなり、カフェインに頼らなくてもよくなりました。

コーヒーは今でも飲んでいますが、それはあくまでコーヒーを楽しむためでありカフェインに支配されていたころと比べれば、飲む回数は格段に少なくなりました。

 

毎日エネルギッシュに生活したい。

現在エナジードリンクに頼ってしまっている。

 

そんな方はぜひ試してみてください。

 

永谷園 1杯でしじみ70個分のちから みそ汁 合わせ 徳用 10食入
 

 

 

 

 

鼻が詰まって力が出ない

こんにちは、ぺーです。

 

今週から鼻がつまり、目がかゆく、身体がダル重いです。

 

来ましたよ。

 

花粉症。

 

実際に病院で調べたわけじゃないけど、去年も同じ症状だったので、何かしらのアレルギーで間違い無いと思います。

ブタクサが怪しいです。

 

とにかく苦しい。

 

息できません。

口呼吸になるので一気に口が乾きます。

熱があるような感じで身体が重いです。

 

パフォーマンスガタ落ちです。

アンパンマンって顔濡れたらこんな感じなんですかね。

まさに力が出ません。

 

やることやってさっさと家に帰って寝よ。

 

 

【ペー、家を買う】中古物件の申し込みをしてきた

こんにちは、ペーです。

 

以前から気になっていた中古物件。

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幾度の内覧、勉強不足からくる不動産業者との認識の違い、不動産屋の暴走に対するクレーム…etc…数々の葛藤や己の現状の悟り、ついに本日申し込みをしてきた

 

(不動産屋の営業担当K氏へ電話)トゥルルル、トゥルルル…

K「はい、K(営業担当)です。」

僕「もしもし、Kさんですか?例の物件なんですが、買おうと思います。」

K「本当ですか!?ありがとうございます!それじゃあまず住宅購入の申込みを行います。今回は中古物件なので、申込書をぺーさんに記入していただき、売主さんに持っていきます。ペーさんの希望金額等や希望条件を書いて、購入希望であることを売主さんに意思表示する段階です。」

どうやら先にこちらの希望条件を売主に示すらしい。それに売主が合意したら、晴れて不動産契約のステップに進む。

K「で、ぺーさん今日お店来れますか?」

僕「き、今日ですか??」

K「はい、というのももし来週まで延ばして先に申し込みの方がいらしてしまうと手に入らない可能性が出ますので。」

僕「な、なるほど…」

実家から帰ってきたばかりで娘たちの世話が残っている。嫁も疲れているようだったが、理由を説明して何とか外に出る。出かける前の嫁の顔は明らかに機嫌が悪かった。すまん…契約までこぎつけたら夢の一軒家だ。我慢してくれ。

20:00。不動産屋につくと担当K氏が待っていた。

K「ありがとうございます。早速ですが申込書に記入をお願いいたします。」

名前と生年月日、勤務先、現住所を書くと今回の契約内容の欄に来た。

K「以前にもお伝えした通り、申込書にペーさんのご希望の金額を書いていただきます。それを売主さんに提示して、回答をいただきます。」

以前聞いた説明通りだ。

K「今回の値引きですが、80万円までは確約させていただきます。あと交渉次第でもう少し値引きができるかというところです。頑張りますので、130万円引きの金額を書いてください。」

僕「わかりました。では180円の値引き額で。」

K「へ?」

僕「へ?」

K「あのぉ~、130万円引きの金額でお願いします。」

僕「だって僕らの希望額を書くんでしょ?」

K「まぁそうなんですけど…」

事前に売主の情報リサーチ済みである。売主は今回子供が生まれ(4人目)手狭になったため広い家に引っ越すために家の売却をする。今まで希望の物件が見つからずに難航していたが、良い物件が見つかりなるべく早く引っ越したい&契約がしたいようだ。

僕「でしょ?そりゃー壁紙ボロボロのドアボロボロですからねぇ。リフォーム代は出してもらうとして、築8年の物件でもうすぐ外壁の塗り替えの時期でもありますから。せめて塗り替え工事の費用の半分、約50万円も含めて根引きしていただければと思っています。」

売主側も早く契約を決めて引っ越したいはずなので、不動産業者から提示された根引き額より多めに依頼して様子を見ることとした。

K「…ちょ…ちょっと上司に確認とってきます。」

そういって席を外すK氏。頼むよK君。

数分後

k「お待たせしました。上司の許可も取ったのでその金額で値引き交渉してきます。」

僕「よろしくお願いします。」

K「ただ、あくまでも提示してみて売主さんが決めることなので、ご希望に添えないこともあります。ご了承ください。」

僕「わかりました。」

 

その日はこれで打合せ終了。来週に結果報告があり、問題なければ契約に進みます。

段々とマイホームが現実味を帯びてきました。嫁はローンが気になるらしく、皮算用ばかりしています。そういう私も内心どきどきしています。

来週良い結果が出ることを祈ります。

 

シルバニアファミリー お家 赤い屋根の大きなお家 ハ-48

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ブログで100記事書くことは結婚に似ている

こんにちは、ペーです。

「こんにちは フリー」の画像検索結果

 

 今まで「こんばんは」だとか「おはようございます」だとかその日の気分で適当につけていた挨拶ですが、これからしばらくお昼のあいさつ「こんにちは」に統一いたします。理由はいくつかありますが、1つ目は、どうも私のブログを見てくださっている方は昼や八つ時に記事を見ていることが多いようなので、お昼のあいさつであるこんにちはにしようと思いました。2つ目はルーティンを作ろうと思ったからです。野球のイチローラグビーの五郎丸でもおなじみのルーティンです。決まった作業や動作を行うことでパフォーマンスを一定に保つようにする効果があります。まぁ私の場合はブログを続けられますようにという願掛けに近いものですが…

 

さて本日は「ブログ100記事論」について書きたいと思います。

 

ブログで100記事を超えたあたりからPVや収益が上がり始めるというあれです。

私がよく見ているブログでも、100記事論について取り上げられ、何度か見ましたが、私は令和を代表するサイコパスブロガーことサンツォが運営する「ブログ部」の記事が腑に落ちました。

https://ebloger.net/article-100/

要約すると、

「100記事本気で書けばブログを書く能力が向上し、やっと戦える実力がついたってだけの話だ。こっからがスタートだ。簡単に成功できると思うな。道はまだまだ険しく長いぜ。」

ってことが書いてあります。

この記事を見て、100記事論とは結婚に近いなぁと感じました。

 結婚の話でいうと、前段階は同居、またはお付き合いになります。最初はお互いの知らないところがみられると新鮮で楽しい時間ですが、お互いを知っていくうちに段々と飽きとパートナーの共感できない部分が目立ち、嫌になってきます。

 まだ100記事書けない頃の私たちは最初こそブログを書くことが新鮮で、新しいことを覚える感覚と世界に意見を発信しているという高揚感がありました。あるはずです。しかし書き続けても書き続けても一向にPVが上がらずに、モチベーションが下がっていって100記事書かない段階で三日坊主、ギブアップ。

 つまりこの段階では、まだ両方とも土俵にすら立っていない状況です。

 

 これが100記事を書いた時点では、最初は書くだけでやっとだった記事も次第に慣れてきて、長い文章も書けるようになっていきます。見やすさやSEOにも工夫できるようになっていきます。けど、それはブログでPVを増やしたり稼いだりするための基本のきの状態になったというだけで、それからいかに勉強して、能力を伸ばしてアウトプットを増やしていくかキモになってきます。そう、道はこれからも果てしなく続いてゆくのです。

 結婚も、同じだと思います。よく披露宴のスピーチでそうなセリフですが「結婚とはゴールではなく、これからが二人で歩む人生の始まり」なのです。お付き合いを通してある程度お互いの好みや癖を知ったつもりになっていますが、結婚して一緒に暮らし始めるとお互いの新たな問題や知らなかったことを直面していきます。まさに「思ってたんと違うことの連続です。」

 そう、100記事達成も結婚も、「やっとスタート地点に立ったに過ぎない」のです。これから自分の味を出して歩んでいくのです。それには「続ける」という意思、忍耐、工夫、勉強が必要になってきます。本質は同じなのです。そしてどちらも、信じて続けた先には素晴らしい未来が待っているでしょう。

 

これらの点を踏まえて最後に私が唱える主張は、

「そんな苦しい苦行のような生活が待っているから結婚はしないほうがいい」

ということです。

…ウソです。ひねくれていました。

 

どちらも維持し続けるのは大変だと思いますが、大変なほどやりがいがあり、面白く人生を豊かにするものだと信じております。苦しいと思ったときは、最初の新鮮な気持ちを思い出しましょう。

 

 

親子で楽しめる「パプリカ」のいろんなバージョンを集めてみた。

 

こんばんは、ペーです。

 

皆さんは「パプリカ」聞いたことがあるでしょうか。



 作詞・作曲が「Lemon」で有名な米津玄師氏で、「〈NHK〉2020応援ソング プロジェクト」としてNHKEテレでたびたび流れてる曲です。2018年8月に「Eテレ」の「みんなのうた」で放送されて以来、オーディションにより集められた子供音楽ユニット「Foorin」のダンスとあいまって子供たちに大人気となっております。少なくとももうすぐ3歳になる我が家の長女にはクリティカルヒットしております。

 さて、このパプリカという曲ですが、HNKのオリンピックの応援ソングという文句から様々なカバーがなされています。どれもNHKがチカラをいれてバックアップしており、同じ歌ながら曲調や歌い手によって歌全体の解釈やイメージも変わって聞こえるから面白い。大人が聞いても満足できる歌です。

 もちろん、親子で聞くにもとても魅力的な歌です。

そこで今日は、今聞ける様々なバージョンの「パプリカ」を集めてみました。

オリジナル(Foorin.Ver.)


<NHK>2020応援ソング「パプリカ」ダンス ミュージックビデオ

 ※残念ながら、YouTube以外のウェブサイトでの再生ができないとのことです。画面の「この動画はYouTubeでご覧ください。」という文字をクリックするとYouTubeページに移動し、視聴することができます。

 オーディションを勝ち抜いて厳選された子供たちによる音楽ユニットFoorinが歌ったオリジナルバージョンです。子供たちが元気に歌い、踊る姿にほっこりした感情と元気をもらえます。子供といっしょにダンスを踊れば喜ぶこと間違いないでしょう。

米津玄師Ver.


米津玄師 MV「パプリカ」Kenshi Yonezu / Paprika

 作詞・作曲を手掛けた米津玄師氏のセルフカバーです。やっぱりうまいですね。Foorinの時とは全く違うメッセージやイメージが、アニメーションと組み合わされることによって表現されています。Foorin Ver.が未来や明るさを表現しているなら、米津Ver.では過去への念や切なさ、思い出などがテーマとして込められている感じがして、「Lemon」に近いイメージとなっております。彼が本当に表現したかったことが詰まっている感じがしました。

上白石萌歌Ver.


<NHK>2020応援ソング「パプリカ」『上白石萌歌』バージョン

萌歌ちゃん、かわいいですよね。彼女、Eテレで放送中の「はなかっぱ」の主題歌歌っていたりしてます。「ダケジャナイテイジーン♪」だけじゃないんです。オーケストラによる演奏と優しい歌声で、これはまた違った風に聞こえます。親子でリラックスして聞きたいならこのバージョンがおすすめです。

 

チャラン・ポ・ランタンVer.


パプリカ by チャラン・ポ・ランタン

ちょいと古いですが、恋ダンスでおなじみの「逃げ恥」のOP歌ってた姉妹ユニット「チャラン・ポ・ランタン」です。彼女たちはEテレ系放送中の「ムジカ・ピッコリーノ」にゲスト出演していました。アコーディオンの音にのせて、にぎやかな感じに仕上がっています。歌唱力・演奏力が抜群に良いです。

 

以上、「パプリカ」カバー集でした。歌い手によりこれだけ世界観が変わるということを子供と一緒に感じてみてください。是非お子様と聞き比べていただけると幸いです。

 

家族の理解が得られない中でブログを書くということ

こんにちは、ぺーです。

 

ブログを書くのって本当難しい。

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何が一番難しいって続けることだと思う。私自身も書いては三日坊主、しばらくしたらまた書いて、しばらくするとまた三日坊主。この繰り返し。お恥ずかしながら仕事や育児を理由に何ヶ月も放置させてしまったことも何度もある。

それだけブログを書く習慣を身につけることは忍耐と、時間が必要だと感じにはいられない。

実際、ブログ書くのって時間かかりますしね。それだったら他の趣味や睡眠に時間使いたい人なんてゴマンといる。

ブログを書く上で、家族の理解も重要だと思います。先ほども書いた通り、記事を書くのにはある程度時間が必要だからです。なぜ「重要だと思う」と断定ではないかというと、私がブログに対して家族(主に妻)の理解を全く得られていないからにほかならない。

早く起きた朝、子供達もまだぐっすりと眠っていたので休日久々の落ち着いた時間。コーヒーを入れカップに注ぎ、パソコンを開いて記事を書こうとしたその時…

?「…何してんの?」

妻が起きてきた。

私「コーヒー飲みながらパソコン眺めてる」

妻「…いいですねぇ貴方は、優雅な朝を迎えて、私はこれから貴方と娘達のご飯を作り、それらを食べさせ、掃除して、また昼ごはん作るんですよ。洗い物かごに入っている昨日の食器をしまうことすらせず、悠々とコーヒー飲みながらまったりですか。」

 こう言われては妻に感謝の言葉しかない。しかし彼女は大事なことを忘れている。その洗い物かごに置いてある食器は前日娘達と寝落ちした貴方の代わりに私が洗ったものであることを…おもちゃが散乱していたリビングを深夜黙々と片付けたのは私だということを…あなたが朝起きているときは取りだめしているアナザースカイをぼーっと眺めていることを…

言いたいことは山ほどあるが後々うるさくめんどくさいことになること間違いない。

私「たまには一緒にのんびりしよ」私ができる最大限のフォローの言葉だった。

妻「ふざけるな、私はずっと子供たちといるんだ。一人の時間なんてないんだ。あんた(私)はあるだろ、死ね」

よくもまぁこれだけ悪態がつけるものだ

 

つまるところ妻はブログを書くことに理解を示していないのではない。私が自由な時間を持つことに理解を示していないのである。

 

 こうなると記事を書くことはかなり難しい。物理的に縛りが多すぎる。そもそも書く時間が限られてくる。第一の条件として、妻の前では書けない。正確に言うと書いてもいいのだけれど、そうとなると上記のモラハラなのかはたまた愛ゆえの束縛的な発言なのかは謎だが上記のような言葉をネチネチ聞き続けることになる。ありがたいお経に聞こえる人はいいが、私には到底耐えられそうにない。

そうすると、時間帯は仕事中か妻がねしずまった深夜となる。仕事中は昼の10分程度しか時間が取れない。となると深夜に作業が集中するわけだ。必然的に朝は眠気との格闘になってくる。コーヒーを飲んで寝ると目覚めが良くなると気づいたのはこのころからだったろうか。

 

まとめると、ブログを書いていることはしっかりと家族に伝えておいたほうがいい。場合によっては家族が協力してくれることもあるかもしれない。逆に私のようにさげすまされながらブログと行う場合には、ぜひともコーヒーを用意してもらいたい。

 

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やっちゃんが死んじゃった

毎度騒がしい娘二人と遊んでいると。

母から連絡があった。

「やっちゃんが亡くなった。」

 え?一瞬言っていることが良くわからなかった。病気というわけでもなく、いたって健康な人だったからだ

 やっちゃんとは新潟に住んでいる私のいとこだ。 やっちゃんの父(私の叔父)はやっちゃんが学生の頃から脊髄系の病気にかかり、寝たきりになっていた。父親を看病し、祖母の墓守をし、仕事は地元新潟で林業にかかわる仕事をしていた。数年前に結婚もし、人生これからというときだった。年は私と大分離れているが、小学生の頃、毎年夏休みには父の故郷の新潟へ帰省旅行に訪れた私に新設に接してくれて、海で一緒に遊んだり、やっちゃんちで飼っていた犬のクロの散歩に一緒に出掛けたりしていた。高校へ入った頃から部活も忙しくなり、祖母もなくなりで、新潟へはあまり行かなくなり、最後にあったのは大学の頃だっただろうか。それでも就職のときには新潟の間伐材を使ったボールペンを就職祝いに送ってくれるなど、遠方の私にも気を使って優しくしてくれた。

 死ぬまではいたって元気で仕事にもいつものように出かけて行ったそうだ。職場で急に倒れこみ、救急車で病院に運ばれた。診断の結果は脳梗塞だった。脳の血管が何らかの理由(大体は血石)で血管の血流が妨げられ、酸素の供給ができなくなってしまう。緊急で手術が行われたが、ダメだったようだ。

 やっちゃんの死はまだ何となく実感がわかない。十年前に年の近いいとこがバイク事故で死んだときは、直接病院に行き、老衰でもなく同じ世代の人間が死ぬ瞬間を間近で目にしたショックはとても大きいと感じものだが。今回はやっちゃんの亡骸を見たわけでもなく、今まで生きていた人間が突然死んだと告げられればリアリティがわかないのも無理はないと思っている。

 不幸者の甲斐性なしの私は、仕事と子育てで通夜に行くことは叶わないが、近いうちに挨拶へ行きたいと思う。

 やっちゃんが天国で元気になった叔父と再会して語り合えることを心より祈っている。